
「広くて浅い反発」VS「狭くて深い支持」

プッティー
世の中には「浅い反発」というのがある。「なんとなく嫌い」とかな。一方で「深い支持」もある。ほんで、「広くて浅い反発」と「狭くて深い支持」の割合で、それが本物のイノベーションなのかどうかがわかる。イメージで言うと、8:2から9:1やろな。この割合によって、どんくらい「創造的なものか」のレベルが推測できるわけや。

【9:1〜8:2】業界を覆すような破壊的イノベーション
【7:3〜5:5】多くの人に使われるサービス
【4:6〜2:8】既存プロダクトの改善になりえる

プッティー
なんでこうなるかわかるか?それはな、シンプルな理由や。まず、世の中のイノベーターと呼ばれる人らには、皆が「見えていないもの」が見える。これは起業家だけやない。才能を持つ人間も同じや。彼らは「普通の人が見えていないもの」に熱狂する。
これが「狭くて深い支持」だと?

てつ

プッティー
せや。一方で「世の中の普通の人」からすると、それは明らかに「オタクのもの」に見える。せやから最初は「気持ち悪くて、理解できないもの」に見える。ただそれは、はっきり言うて、深い理由があるわけやのうて「なんとなく」嫌いなんやで。
これが「広くて浅い反発」ですね。

てつ

プッティー
そんで、破壊的なイノベーションんに絞って、この総量を測ると、8:2から9:1程度になることが多い。いわゆるキャズム理論やな。

なるほど・・・これは本当にビジネスの世界でも言われていることなんですか?

てつ

プッティー
せやで。現にワシと仲良い、ある伝説のベンチャー投資家はこう言うとった。「皆が良いと思うものはだいたい良いが、皆が悪いと言うこともだいたい悪い。しかし、”意見が割れるところ”には、いわゆるビッグサクセスなり、突破口というものが存在している。」と。
意見が割れるところに、大きな成功がある・・・。

てつ

プッティー
せや。ほんで、この言葉の解像度をさらに上げると、反発と賛成には必ず「量と質」がある。具体的には、凡人による反発がわかりやすい。共感性の難しさは、一見するとめちゃくちゃ反発してるように見えることや。なざなら「数」で証明しようとしてるからな。せやけど実際は「その反発の量」は、見た目よりたいして大きくない。なんでか言うたら、秀才の反発と違い、「根拠」が弱いからや。
共感性はオセロだから、ひっくり返りやすい・・・。

てつ

プッティー
せやで。例えば、これも政治家への反発がわかりやすい。ここに、嫌われてる政治家がおるとする。国民ひとりひとりに話を聞いてみる。「あなたはなぜこの人が嫌いなんですか?」「どういう事実を知っていますか?」と。せやけど、その理由を聞くと、だいたいが「なんとなく」「嘘くさそう」とか「まわりが言っていたから」とか、「メディアが言っていたから」とかばっかりや。
なるほど。

てつ

プッティー
反対に「好きな政治家」も同じや。1回会ったことがあるからとか、話し方が好印象だからとか、そんなレベルや。つまり、共感性による反発は浅い。オセロなんや。これが「広くて浅い反発」という理由のひとつや。意外とひっくり返しやすい。

プッティー
ええか、ほんでこれが「経営の意思決定に共感性を軸にしてはいけない理由」なんや。これを理解するには映画「アラジン」を知るのがいちばんや。
「あ、アラジン・・・!?」

てつ
次回
【1ー14】共感を軸にした判断は「愚民政治」を招く