天才はすでに飽きている

プッティー
ええか、そもそも飽きるとは、2つの意味がある。ひとつは、世の中から飽きられること。これは想像しやすいやろ。まさにオセロが白から黒に変わる瞬間。昔スターやった芸能人が消えていく・・・こんなイメージや。

てつ

プッティー
ほんで、もうひとつは、自分自身が飽きること。で、いっちゃん大事なんは「世の中から飽きられる遥か前から、天才はとっくに飽きている」。この事実を知っとくことなんやな。

てつ

プッティー
せや。そもそも、アイデアにせよ、事業にせよ、すべてのものは、3つのフローで世の中に広がっていく。わかりやすく言うと、誰かが新しく作ったものは、工場やシステムによって大量生産され、最後は人々の生活の一部になっていく。こうゆうプロセスや。

プッティー
例えば「iPhon」も、最初にプロトタイプが作られ、拡大生産され、そのあと人々の生活の一部として広がっていく。アイデアやバズワードもそうや。誰かが思いついたアイデアは、書籍や動画など、再現性の高いツールを通じて、何度も生産され、普通の世界でも「繰り返し使われるようなもの」になる。

てつ

プッティー
ほんで、普通の人々が大量にそれを消費しつくしたタイミングで、「人は飽きる」。このとき、イノベーションは2拓の道を歩む。消滅か、コモディティ化かや。
「飽きられたもの」は、消滅するか、コモディティ化する・・・。

てつ

プッティー
せや。具体的には、真新しさだけで勝負していたもんは、完全に飽きられ、消えていく。一方で、実用性のあるもんは、必需品・コモディティとして残り続ける。だからこそ、ブランドを大事にする企業は、この「繰り返し使われ、使い古されるフェーズ」を極端に嫌うわけやな。

プッティー
でもな、これはまだ「消費する側」から見た、飽きのメカニズムなんや。もっと大事なんは「作る側」から見た飽きや。もうちょいわかりやすく言うと、世の中が飽きる前、その遥か前に、天才は飽きてるっちゅうことなんや。たしか、お前の会社の社長はこう言うたんやな?「飽きられているかもしれないな。このミュージアムも、僕自身も。」

てつ

プッティー
やとしたら、ほんまに「飽きている」のは、鹿島修人、彼自身なんや。ほんで、そのことにまだ本人は気づいてない。

てつ

プッティー
ええか、「飽き」には、実は2種類存在してる。良い飽きと、悪い飽きや。良い飽きゆうんは、「自分で気づいている」もんや。

てつ

プッティー
さっきの小学生の例がわかりやすい。その子は明確に「授業おもんないなー」「飽きたなー」って心の中で思ってるやろ?つまり、「飽き」に気づいてる。でもな、この世には「気づいていない飽き」もある。これが天才にとって厄介や。

てつ

プッティー
よーさんある。ほんまは飽きてても、人は気づかへん。なんでか言うたら、「他のことで誤魔化していく」からや。ほんまは今の仕事に飽きてるけど、趣味とかで誤魔化してる。こういう例がわかりやすいやろな。

てつ

プッティー
でも、それって悪いことなのですか?だって自分なりに工夫して人生を楽しくしている、こうも解釈できますよね?

てつ

プッティー

てつ

プッティー
せやねん、その通りやねん。人は何かしら、少なからず、飽きてる。だから他のことで代替する。でも、それは決してあかんことちゃう。素晴らしい面もある。だから否定したらあかん。ただしな、天才はちゃうんや。

てつ

プッティー
天才は「飽きの中では生きていけない生き物」なんや。言い換えれば、飽きた瞬間に「天才は天才でなくなり、降格する」ちゅうことや。

てつ

プッティー
せや。そもそも、天才が飽きる理由はシンプルや。「自分なりの勝ちパターン」を完全に確立してしまったとき。最初は全く新しい方法に見えた手法も、何度も繰り返すうちに「パターン」が見えてきてまう。そして天才が、凡人に好かれたい、多くの人に好かれたいと思って、迎合してしまった瞬間、「再現性」で天才は勝負してしまう。心の中の甘えが出るんやな。このとき、天才は天才でなくなり、普通の人に降格するんや。
そんな・・・つまり、鹿島修人は今まさに「凡人になろうとしている」。こういうことですか?

てつ

プッティー

てつ

プッティー
だって、あんな稀有な才能、類稀なる才能。それが消えるのだとしたら・・・絶対ダメです!!

てつ

プッティー

てつ

プッティー

てつ

プッティー
天才が、秀才や凡人として生きる。それは、もしかしたら彼にとって幸せなことかもしらんからや。
しゅ、秀才や凡人として生きることが幸せ?そんなことあるわけないじゃないですか!

てつ

プッティー
いや、ほんまお前なんもわかってないわ。アホたれやな。天才として生きるのは、凡人には到底理解し得ない苦しみがある。新しいことを生み出すことでしか、自分を満足させられへん身体になってもた人間。それが「天才」と呼ばれる人物や。それはな、決して幸せなことだけではない。むしろ、苦しいことがたくさんある。

てつ

プッティー
やれやれ。まあ、ええわ。いずれわかるわ。「天才の闇」、その計り知れへんダークサイドの深さを目の当たりにする日がくるわ。

てつ
その日から、モヤモヤする日が続いた。
鹿島修人に対する思い、これはホンモノだ。
それなのに、彼が天才として生きていくことを辞めたがっているだって?
今回ばかりはプッティーの言うことに納得いかなかった。
だから、僕は今の自分にできることにフォーカスすることにした。
鹿島修人のためにできること。
それは、「社内の人にTAMを知ってもらう機会を増やすこと」だと僕は思った。
なぜなら、もしも「普通の人は共感性」で決めるとしたら、社内の「社長は交代すべき」という声も、きっとひとつずつひっくり返せる。
だから、社員をTAMに連れていく「社内ツアー」を提案することにしたのだ。
今日はその社内の予算会議だった。
だが、雲行きは怪しかった。

金野悠樹
社内の人に声をかけ、TAMを見学しに行く企画です。

てつ

金野悠樹
まず、社内の人に、TAMの良さを体感してもらうことです。

てつ

金野悠樹
は、はい。必要だと思います。あの場所に行けば、きっと価値を感じてもらえると思うからです。

てつ

金野悠樹
いや、そうじゃなくて、俺はさ、端的になぜアート・ミュージアムに連れて行くことが必要なのか?って聞いてるんだけど。それ理由になってないから。

てつ

金野悠樹
もっと、社員が現場を知れたほうが、良いのかな・・・と思いました。

てつ

金野悠樹
きっとあそこに行ってみたら、あの施設の価値をわかってくれるんじゃないかなと思いました。先日、金野さんも行ったことないと仰ってたので。

てつ

金野悠樹
あ、あります。社内アンケートで、TAMに行ったことがある人は、40%しかいないという調査結果があります・・・そして行った社員は皆、行ってよかったと答えています。

てつ

金野悠樹
ふーん、あ、そうなんだ。でもさ、実際行く必要なんてないんじゃない?だって来場数が減っていて、利益が出ていないってことは人気がないってことでしょ?違うの?

てつ

金野悠樹
俺はいらないと思うけどね。費用いくらかかるの?これは自費?それとも経費でやるつもり?
で、できればシャトルバスなどを借り、平日のどこかで行ければと思っています。

てつ

金野悠樹
ああ、それはないね。どんなけ金かかると思ってんの?その日、1日業務が止まるんだよ?わかる?

てつ

金野悠樹
でもじゃないの〜、てつ。広報が勝手に、土日に人集めてやるならいいよ。自費でね。それは勝手にやってよ。
はい・・・わかりました。まずは任意でやってみます。あ、あともうひとつありまして・・・

てつ

金野悠樹
なんでだろうか・・・。
僕はそんなにおかしいことを言っているのだろうか?
だって、もし社員の60%が、自社の創業時のサービスを見たことも、触れたこともなかったら、それはどう考えても、自然だとは思えない。
でも、なにを言っても彼に伝わる気がしない。
僕は手元を見つめた。
昨日、一生懸命準備してきた資料・・・。
僕はグッと拳を握りしめた。
次回
【1ー19】配られたカードで戦え