事業売却

てつ
僕はその日、いつもよりビシッとしたスーツを身にまとい、会社に出社した。
このスーツは、5年前、創業期のメンバーが誕生日プレゼントに買ってくれた特別なものだった。
役員会議には、すべての役員が出席していた。
不思議と緊張はしなかった。
ひと通り企画を説明すると、鹿島修人が口を開いた。

鹿島修人
そうです。きっとこれでミュージアムも、今より盛り上がるはずです。

てつ

鹿島修人
たしかに、提案は面白い。でも、実は大塚に伝えないといけないことがある。

てつ

鹿島修人

てつ

てつ

鹿島修人
実は、メインのスポンサーのA社から「今期で契約を止める」という話があった。

梁哲聖
知っていると思うが、ミュージアムの売上は、入館料やグッズ、スポンサー料によって成り立っている。そして、我々のミュージアムがギリギリ今の赤字で耐えられていたのは、A社のスポンサー契約があったからだ。

てつ

梁哲聖
A社がスポンサーを降りれば、TAMはさらに巨額の赤字を垂れ流すことになる。我々としては、それをどうしても防ぎたい。だから、この半年、粘り強く交渉してきた。だが、結果はNGだった。

てつ

梁哲聖
その代わり向こうが提案してきたのが「事業の売却」だ。つまり、スポンサーを降りて潰されたくなかったら、ミュージアムを売れ、という話だな。

てつ

梁哲聖
そうだ。だが、実はこの手法は、大きな会社が小さな会社を買収する際にはよく用いる手法、つまり資本主義の世界ではよくある話だ。
こういう話だった。
大きな企業が小さな企業を買収する際に、計画的に発注金額やスポンサー料を年々増やしていく。
0.5億、1億、2億、4億、8億円、というふうに。
当然、小さな企業は一時的には利益が増える。
だが、これは実は「買収のための策」であり、ある日突然、「すべての取引」を止めるという連絡が来る。
小さな会社は、困る。
というのも、その時点で大企業の売上がなくなると「倒産するほど」固定費が膨らんでしまうからだ。
大企業はそのタイミングで「買収」を提案する。
すなわち、発注量を信じられないほど急速に増やしたのは、「何年後かに買収するため」の種まきだったわけだ。

梁哲聖
つまり、TAMは3年前にスポンサー料をあてにし始めた時点で売却せざるを得ないことが決定していた。我々は絶対に負ける。そういう運命だったんだよ。

てつ

梁哲聖
どこがだ?むしろ当然の話だ。市場に出回らない製品やサービスはいずれ、淘汰されるべきだ。資本主義の原則だ。

てつ

梁哲聖

梁哲聖
むしろ、我々にとっては好都合だ。今回の売却で、我々は止血できる。加えて、ミュージアムの名前は今のままで踏襲できる。つまり、広告効果も残すことができる。我々としては、願ったり叶ったりな提案なんだよ。

てつ

梁哲聖
どうなる?ただのアルバイトだろ?辞めたければ辞めればいい。関係ない話だ。

てつ

てつ

鹿島修人

てつ

鹿島修人
梁はそう言ったが、むしろ逆だと僕は思っている。TAMは、常時200人が働いている。もしこの提案を受け入れなければ、本当に彼らの雇用を守れない。大塚、そうは思わないか?
僕は、頭がこんがらがってきた。
経営は、意思決定の連続という。
まさに、僕には見えていない世界が彼らには見えている、そういうことなのだろうか?
「共感性による意思決定は、危うさも持つ。」
以前、プッティーが言った言葉を思い出した。

梁哲聖
梁がそう言うと、会議は終わった。
僕の提案は届かなかった。
後日、プッティーはこう言っていた。
資本主義の世界では「再現性>共感性」であり
家族経済の世界では「共感性>再現性」である、と。
次回
【3ー11】「お前がいたから今日の自分がいる」